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“共依存”に共感 2003年12月 |
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光成沢美(みつなり さわみ)さん著のエッセー「指先で紡ぐ愛 〜グチもケンカもトキメキも〜」を読みました。私は光成さんのことを新聞報道で読んではいたのですが、10月末にボランティアに熱心なご夫婦と会食をしながらお話をするまでは、それほど深い関心はありませんでした。 福島 智(ふくしま さとし)東大助教授がご主人で、福山市出身だというくらいの知識でした
いから、触れ合い、恋愛、結婚、そして“共依存(きょういぞん)”の自覚と満足感へと展開します。お二人のコミュニケーションは、主に“指点字”(紙に打つ点字をそのまま指にタッチする方法)で、福島先生のほうは声で話せるし、時には携帯メールをパソコンで受けるということもできるらしい。通訳・介護者でもあり、妻でもある光成さん、もろもろの葛藤が書き綴られています。 著書のプロローグで「“共依存”。この言葉に出合ったとき、涙が私の二つの目からこぼれ落ちたのだった」と述べられています。そして「“共依存”とは、簡潔に言えば、他の人の世話をすることによって、自分自身の存在意義を見出そうとすることだ。」と説明されています。 私自身、家族の介護(主に妻の役割ですが)や介護保険の出務をしていることから、この“共依存”という言葉に共感を覚え、理解し納得できました。100歳の人を80歳の人が、その80歳の人は60歳の人が面倒をみる時代です。家族なら当たり前。そんな単純なことではないのです。障害者と健常者の間の関係が“共依存”ならば、介護される者と介護する者との関係も“共依存”と考えれば、背負っている重石がひとつ取れるかもしれません。 前述のご夫婦は、「休日は、時間があればボランティアに出ています」とさらりと言われます。ご主人は掃除のボランティアを中心に、奥さんは点字ボランティアを中心に、さまざまな活動をされているらしい。生き生きとした顔で語るボランティアの話の合間に、100歳間近の祖母のことや成長しつつある子どもの写真も見せて下さった。 このご夫婦の生き様もすごいと感じ入りました。 私は、やはり背伸びせず自然体で生きるしかない、それでよいのだと自分を納得させています。 |
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